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きっかけは無知である事だった

ベース COLUMN

コラム第二回目は「最初の出会ったコードは物悲しいものだった」をアップしてから若干体調が悪く休んでいました。

さて今回はギターからベースへ移行するきっかけを書いていこうと思う。
多分思うに、情報が溢れる今の現代で自分のような人はいないと思う。
が、しかし、無知だった故にベースになったことを自分は当時の自分に感謝している。

アコースティックギターにのめり込んでいた

もう楽しくて仕方がない。
毎日毎日暇があればギターを触っていた。
夜中は迷惑になるのでコードを押さえる練習をしていた。

夏休みということもあり、暇な時間しかない。
学校も行かなかったせいで宿題があるのかどうかもわからないし通知表ももらったことがない。

話をもどし、

四季の歌を弾きまくる

最初荷覚えたコードは「Am」、そして次が「Dm」と「E7」。
四季の歌という曲を知っているだろうか。

「春を愛する人はぁー」
という歌い出しの曲だ。暗い。とにかく暗いのだ。良い曲だけども。
この曲を弾きまくったのだ。指は弦で凹み、お風呂に入ると沁みるのだ。これがまた痛いのだよ。
当時別府に住んでいたのでお風呂は温泉だった。そのせいか非常に沁みるのだ。

あっという間に指先が固くなり、痛みを伴うことがなくなったのを覚えている。

本屋で見つけた1冊の本

ある日本屋に出かけることがあり、今まで縁のなかった「音楽雑誌コーナー」へいく。
そこにはたくさんの譜面や教則本があり宝の山のような場所だった。

当時、LINDBERGが大好きだった。
夢で逢えたらという番組で知ったのだと思う。当時は「今すぐkiss me」だったかな。
厳密にいうと渡瀬マキさんがドストライクのタイプだった。

プロになってたくさんのミュージシャンと知り合いになったが、LINDBERGだけは会えなかった。
THE TRANSFORMERのイベンターはLINDBERGのイベンターと同じだったんだよ。会えてもいいじゃん!って思うんだよ。好きな人ってなかなか会えないもんなんだねぇ、、

で、本屋でLINDBERGのバンドスコアを買うことにした。「LINDBERG III」の譜面だ。
ついでにCDも一緒に買ってもらい、ワクワクしながら家に帰ったのを覚えてる。

TAB譜ってなんぞや

四季の歌マスターの俺なら簡単だぜ!と思いながら買ったバンドスコア。
初めて見る記号や暗号、数字の羅列、なんだこれ。

タブ譜のサンプル

親切にTAB譜の読み方が書いてあり、なるほどぅ!!!となったわけだ。
1、2、3、4、5、6なんて数えながら弾いてみる。
ちなみに一番最初にやったのが今すぐKiss meのイントロソロだったと思う。不確かやけど。

ギターとの別れは急にやってくる

ノリノリで弾いていたある日、事件が起こる。

一番細い弦が切れたのだ。
6本しかない弦のうち、1本が切れたのだ。

でもあと5本ある

でもあと5本あるから大丈夫だ。1弦さえ弾かなければいいのだ。
大事に弾こう。このギターの寿命はあと5本だ。親父から引き継いだギター。
きっと親父は弦を切らないように守っていたんだ。

でも私は1本切ってしまった。

そして4本に

ついに2弦も切ってしまった。もう四季の歌も弾けなくなった。
途方に暮れた、もうギターじゃない。4本しかないんだ。

どうすればいいのか、わからなくなった。
大切な宝物が壊れていく。
せっかく見つけた私の生き甲斐。これがなくなったら過去に戻ってしまう。

どうすれば・・・

助け舟になるベースのタブ譜面

まて、ベースのタブ譜って4本しかないじゃないか。
おまけにチューニングも同じだ。これなら!と思った。

宝物がなくならなくて本当によかった。
悔しくて泣いてたんだ。
この頃はもう消えたいという気持ちは消え失せていた。
だってギターが楽しかったんだもの。

ベース三昧が始まる

ベースはギターと違い、ほとんどが単音弾き。1つのフレットを押さえて1つの音を鳴らす。
今までのカニみたいなウネウネした指使いをしなくていい。

めっちゃ簡単じゃん!すぐ弾けるじゃん!
「もしかしてプロになれるんじゃね??てかプロのベーシストになろう」と思ったのはこの頃だった。

そうしてベース人生がスタートするのであった。

学習机に刻んだ目標

プロになろうと思ってすぐやったことは、自分の学習机に目標を刻んだことだった。
内容は

  1. 中学校を卒業する
  2. 東京に上京しESPミュージカルアカデミーに入る
  3. 専門学校卒業後、プロデビューする
  4. 日本武道館、東京ドーム、渋谷公会堂、大阪城ホールでベースを弾く
  5. 海外でレコーディングとライブをする

みたいなことを刻んだ。なぜESPに行きたかったのは未だに謎だけども、直感だったんだろうな。
4の渋谷公会堂以外の目標は全部達成した。これだけは過去の自分に伝えたい。
頑張ったよ、と。

ここの唯一の失敗はESPは学校法人なので高校を卒業しないと入学できないということだけだった。
中学3年の秋くらいにESPに電話して、入学したい!って言ったんだ。
高校卒業しないとダメですよ、って言われてすぐに中学校の進路相談のおっさんに「自分が入れる高校ある???」って聞いたんだ。

ない

って言われたよ。あせった。
だって目標にないんだもの。高校に行くってことが。

こんな私だからESPの活躍する卒業生に自分が載ってないんだろうな・・。
載せてくれてもいいんだよ、ESP関係者の方!

あとがき

3回に分けて私が音楽に出会ったきっかけ、そしてベースを始めるまでを書いた。
気づいた人もいると思うが、アコギの弦って切ったら新しい弦買えばいいじゃん、って思っただろう。

でも当時は知らんのだよ。弦を変えられるということを。
ギターの価値も知らないから、きっと100万くらいするんじゃないのか!すら思っていた。
だからこそ、今ある現状でベストを尽くすように頑張ったんだと思う。

私がもし、「楽器屋」という存在を知っていたら今の自分がなかったと思う。
ベースを初めて数ヶ月後に初めて別府の楽器屋に行って、新しい弦が売っていて弦を張り替えられることを知った時はすごいショックだったな。

なんならアコギとエレキの違いも知らなかったし。
エレキって最初からいろんな音がするもんだと思っていた。歪んだり、コーラスかかったりね。

実際にちゃんとしたベースを弾くようになるのはまだ先だが、アコギでベース部分を弾くクセは今も変わらない。家ではベース弾く時間よりもアコギを触る時間のほうが長いし、曲のベースを取ったり考えたりするときはアコギを使っている。
コードの確認もすぐできるし便利なんだ。アコギって。

次回は無知な自分が試したいろんなことを書こうかな。
今思うとバカだなぁって思うことたくさんあるけど、知恵と工夫でなんとか楽しんでいたんだ。
おたのしみに。



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